Samurai Journal of Chemistry

科学に関わる事を議論していく(コメントによる議論大歓迎)

【精製】共沸のお話

大量のDMFがカラム前に残ってしまって困った

 

なんて経験をされた方は多いと思います。

DMFは抽出操作で除ける事が多いですが、基質の極性が高いとそうもいきませんよね。

 

そんな時は減圧留去に頼る事になります。

 

しかし、DMFを飛ばすのに加熱して基質が壊れてしまったら残念すぎます。

私は、何度も「DMF」「除去」とググった事があります。もう新しい情報が出てこないとわかっていても、DMFに悩まされた時は藁を掴む思い出Google検索したものです。

 

今回の記事も革新的とまで行かないかもしれませんが、DMFに限らず、意外と除けない厄介な化合物(ベンジルアルコール、t-ブチルアルコール、ピナコールなど)を共沸で除く方法を紹介します。

(良いダイヤフラムポンプを持っているラボでは、エバポレーターでDMFくらい力技で飛ばせてしまいますが、そうでない場合を想定しています。)

 

共沸(azeotropy, azeotrope)とは?

複数の物質を混合したとき、その混合溶媒の沸点はそれぞれ単一のものの沸点とは異なります。混合することで混合物の沸点を下げて効果的に減圧流きょする方法を共沸と言います。

まず役に立つリンクを貼っておきます。
英語版WikiAzeotrope - Wikipedia

共沸は大きくPOSITIVE azeotropeNEGATIVE azeotropeの2種類に分かれます。

Positive azeotropeになる組み合わせならば、沸点を下げる事ができて留去を楽にしてくれると言う事。

逆に、Negative azeotropeになる組み合わせは、混合することで沸点が上昇してしまう系のことを言います。

 

WikiにPositive azeotropeの例としてエタノールと水の例が挙げられています。

沸点(℃)

エタノール:78.4

水:100

エタノール+水:78.2

 

このように、混合することでどちらの溶媒の沸点よりも混合溶媒の沸点が下がっています。これがPOSITIVE azeotropeです。

水を飛ばすにはエタノール共沸(他にもトルエン共沸など)というのはよくある話ですが、理論的にはこうなっていたんですね。

 

一方、Negative azeotropeは例えば、濃硝酸中で水の沸点は120.2 °Cになるそうです。

 

では、具体的にPOSITIVE azeotropeとなる有用な組み合わせを紹介していきます。

注)これから紹介する沸点は全て常圧(101.3 kPa)時のものとなります。

 

WikipediaのAzeotrope Tableは誰でもアクセスできて、いろいろな物質の共沸沸点が記載されているので便利です。

en.wikipedia.org

1. ジメチルホルムアミド(DMF)

SpringerMaterials – properties of materials(要ライセンス、研究機関が契約していれば読めます。)
リンク先ページ左上のテキストボックスで目的の化合物を検索すると、色々な物性データのまとめが表示されます。

(2021/03/12)データをまとめていましたが、不正確な情報だったため削除しました。

(2021/03/31)DMF-ヘプタン共沸が有効なようです。少しでも低温でDMFを飛ばしたいときは試してみると良いかもしれません!

 代わりにと言ってはなんですが、高真空を安い投資で作り出す方法を紹介します(結局高真空かい←)

ページ最下部にまとめたので、興味のある方は見てみてください。

2. クロロホルム(CHCl3, CDCl3

SpringerMaterials – properties of materials

NMRを取った後、重クロロホルムを飛ばしてサンプル瓶に保存する時、重クロが残っていると塩酸を出して基質を壊してしまう事があります。強力な真空ポンプで減圧しても、粘性が高い化合物だとなかなか重クロが飛び切らない事がありますね。

メタノールエタノールなどのアルコール系、ヘキサンは沸点を下げてくれるのに対し、アセトンや酢酸メチル(エチル)は沸点をあげてしまうようですが、そこまで大きく上がるわけではありません。
したがって、クロロホルムを飛ばす際に共沸するとしたらメタノール(混合後沸点55 ℃)かヘキサン(混合後沸点60.3 ℃)が効果的と言えます。
ただ、化合物がヘキサンに溶けないと話にならないため、混合溶媒の沸点は若干上がるものの、酢酸エチルを入れて飛ばしてしまうこともよくあります。

クロロホルムの残留は化合物を壊すもとになるので、貴重な化合物のNMRを測定した跡はすぐに飛ばしましょう。

 

3. 水による高沸点アルコールの共沸

ピナコール

水共沸:沸点不明、かなり有効

Reference: Tetrahedron 2009, 65, 9956.

Aggawalらが報告している論文で、ピナコールの除去には水共沸がかなーり有効という話です。
論文では水/メタノールの混合溶媒をピナコールと目的物の混合溶媒に混ぜてエバポレーターするだけと書いてありますが、場合によってはメタノールを加えない方が良いです。
基本的に水のみの方がピナコールの共沸効果は高く、非常に効率的に除けます。この際、目的物は水に溶解する必要は全くなく、オイルまたは結晶と水が分離している状態でOKです。うまくいかない時はメタノールを抜いてみると効果が出ることがあります。また、必ずしも水に化合物が溶解している必要性がないと思われます。DMFのヘプタン共沸、水のトルエン共沸など、必ずしも溶解していることは必須ではない場合があります。ただし、化合物と夾雑物の親和性というデータベースにできないパラメーターがあるため、有効でない場合もあると思います。

 

tert-ブタノール(2-メチル-2-プロパノール、2-methyl-2-propanol)

沸点82.8℃

t-ブタノール + 水: 沸点79.9℃

 

Boc基の脱保護後、またはBoc保護時にBoc2Oから出るt-ブタノール。これもたまに除けなくて苦労する事があります。沸点82.8℃とは思えないほど、残ってきます。

 

ベンジルアルコール

沸点: 205.2℃

BnOH + 水:99.9 ℃

 

ベンジルエステル化やベンジルイミデートを用いたベンジル化反応の後に過剰量入れた試薬由来のベンジルアルコールが混ざることがあります。本当に水で除けるかは試した事がないですが、少量のベンジルアルコールに対して過剰量の水(表曰く98:2)で沸点が最小値になるようです。

 

筆者も実際にやってみましたが、t-BuOHもBnOHもピナコールと同様に水共沸で綺麗に除けることがわかりました。水共存下で濃縮しても壊れない化合物に対しては非常に強力な方法です。

ただし、ベンジルアルコールを溶媒に用いた反応系に対して水共沸を行っても全くベンジルアルコールは飛びませんでした。
(考察を見直し、追記2021/03/12)基本的に目的の有機化合物+高沸点溶媒+低沸点溶媒の三成分系になるため、二成分の共沸混合物の沸点では飛ばない場合もあるように思えます。化合物と夾雑物の比率、共沸混合物を作るために加える溶媒の量などに依存すると思われます。


したがって、完全に万能な方法というわけではないということですが、時にはとても効果的な精製操作であると思います!

 

4. 有能な真空ポンプまとめ

結局、優秀な真空ポンプがあるだけで解決する話も多く、DMFや、高極性化合物にこべりついて飛ばないMeOH, EtOH, CHCl3などなど、パワーのある真空ポンプで飛ばしてしまうのが一番速いですね。

 

item.rakuten.co.jp

こちらのシングルステージの油回転真空ポンプ、通常エアコン修理のために使うそうですが、なんと60L/minのハイパワーで、到達圧力1.0 Paというスグレモノです。ミストトラップがついておらず、低真空下で長時間運転するとどんどんオイルが減り、すぐに最低ラインを下回ってしまいます。真空度のこまめなチェックは怠らないようにした方が良いです。

 

更に、冷却トラップをポンプ吸引口の手前に設置することがとても重要です。冷却トラップは、溶媒や酸をトラップしてくれる効果があることは言うまでも有りませんが、真空度を上げる効果があります。油回転ポンプは、オイルの蒸気圧が系の圧力と等しくなりますが、オイルに溶媒や水分が混入するとポンプ室の蒸気圧が上がり、真空度が下がってしまいます。トラップを挟むと、空気中に必ず含まれている水をそこでトラップしてくれるため、真空度がグッと上がります。感覚的な話ですが、2hPaまでしか引かなかったマニホールドの系にトラップを挟むと、0.2 hPa以下まで引いた経験があります。このくらい、全然違います。0.2 hPaくらいの真空度が出ると、DMFは余裕で飛びます。DMFをポンプに入れないためにもトラップは必須ですし、DMFを飛ばすための高真空を作り出すにはトラップが有効、つまり必要十分ということです。冷却材は通常液体窒素を使う場合が多いと思いますが、ドライアイスを大量購入している場合は2-プロパノール+ドライアイスの冷媒を使うと良いです(飛びにくいので)。

 

更に一段回上の高真空を求める場合、以下のポンプなんかどうでしょうか。ミストトラップは内蔵されており、ミストフリーを売りにしています。120 L/min, 到達圧力0.1 Paという超強力ポンプです。性能のわりに安いと思います。

kakaku.com

 

また、高価なダイヤフラムポンプですが、VacuubrandのMD4C NTは、直引きで1.5 hPaまで引くスーパーダイヤフラムポンプです。4つのエバポレーターに同時接続しても、それぞれ10 hPa以下まで引くほど。大抵の溶媒は素早く飛ばせます。

  

困った時に一度試してみてはいかがでしょうか、上手くいくかも?