Samurai Journal of Chemistry

科学に関わる事を議論していく(コメントによる議論大歓迎)

【毒物劇物】危ない試薬

​​こんにちは、今日は有機合成化学で扱う試薬の中で、

割と頻繁に使う危ない試薬

を紹介したいと思います。頻繁にと言うのも、小分子合成屋の意見なので、分野外の人はすいません(汗
しかし、異なる分野でも扱うことがある試薬もあるはず。と言うことでやって行きます。

注)当然ですが、ここに載っていない試薬も沢山ありますので、関連性のあると思われる試薬は必ずMSDSで危険性を確認し、注意して使いましょう。

有機溶媒全般】
溶媒はほぼ全て劇物、毒物などに指定されているので、どれも吸わないように注意するのは当たり前なのですが、これまでに見たことがある溶媒関連の事故を紹介したいと思います。

・肌荒れ(原因:溶媒全般)
溶媒が皮膚に触れると皮脂が取られて手がカサカサになりますよね。ただ、アトピーや敏感肌の人は、それだけでは済まず発疹が出たり痒みが異常に出たりすることがあります。このような人はグローブをしている手に溶媒がかかっただけでも症状がひどく出ることがあるので、木綿手袋の上にゴム手袋をするなど工夫が必要です。

また、原因は完全に明らかにはなっていませんが、常日頃から溶媒を吸引していると皮膚に発疹が出てくることがあるようです。より重度な症状では、呼吸器障害が起きることもあります。呼吸がヒューヒュー言うようになり、治療が必要だそうです。

かなり個人差がありますが、自分は大丈夫と思っていると蓄積で症状が出ることもあるので油断は禁物です。

発癌性物質(carcinogens)】
世の中に発癌性物質と呼ばれるものはかなりたくさんあります。しかし、化学初心者の学生は、ベンゼンやアルキル化剤が発癌性と知っていても、実際に試薬の構造を見たときにその危険性に気づけない時があります。(実際にMSDSを読まずに安易に試薬を使って、粉末を撒き散らしたり、揮発性物質の瓶をドラフト外でこぼして大変なことになったと言う話をたくさん聞きます。)

発癌性のリスクは、系統の化合物の間でもまちまちですが、リスクレベルが高いものをリストアップしてみます。

・溶媒
ベンゼン、HMPA、THF、1,4-ジクロロベンゼン
1,4-ジオキサン、ジクロロメタン1,2-ジクロロエタン、四塩化炭素

他にも多数の溶媒が発癌性の疑いがあるとされています。発癌性以外のFactorも考慮した溶媒の危険度ランキングは、​医薬品の残留溶媒ガイドライン​を参考にすると良いと思います。個人的に意外だったのは、DMSOがエタノールと同様に程毒性欄に分類されていることや、ペンタンやシクロヘキサンは比較的許容量が大きいのに、ヘキサンはかなり許容量が少ないこと。

・アルキル化剤
ヨウ化メチル、ジメチル硫酸、Meerwein試薬、ブロモアセトフェノン、クロロアセトン、ベンジルブロミド、MOMCl、トリクロロアセトニトリル、その他アルキル化剤(α-ハロカルボニル化合物、ベンジルハライド、アリルハライド、一級アルキルハライド)

・マイケルアクセプター
アクロレイン、メチルビニルケトン(MVK)、アクリルアミド、γ-ブチロラクトン

・イミニウムイオンやオキソカルベニウムイオン等価体、アルデヒドなど
α-シアノアミン、メチルビニルエーテルアセトアルデヒド

芳香族化合物
ベンゼン、1,4-ジクロロベンゼンアニリン、ジメチルアミノピリジン(DMAP)

・金属
シスプラチン、ニッケル化合物

・その他
エストロン、エストラジオール、エストリオール、水素化トリエチルボロハイ(super hydride)

特に、メチル化剤はDNA中のシトシンの5位の炭素およびアデニンの6位のアミノ基がメチル化されることで、DNA異常を起こし発癌性を示します。アルキル化剤とマイケルアクセプターはDNAに限らず、生体内のあらゆるたんぱく質核酸の求核性部位と反応せして、体に異常をもたらします。

中でも揮発性が非常に高く、即座に催涙性や鼻・口の粘膜刺激を引き起こすアクロレイン、クロロアセトン、ベンジルブロミド、ブロモアセトフェノンなどは絶対にドラフト外にこぼしたくない試薬です。

逆に揮発性の低い化合物は、皮膚から吸収した時に浸透してしまうので、ジメチル硫酸のように揮発性の低いタイプのアルキル化剤は接触注意です。


【爆発性・可燃性物質】
・溶媒
ジエチルエーテル、ペンタンなどの低沸点溶媒
ジエチルエーテル、THFなどのエーテル系溶媒(空気酸化により過酸を形成するため、通常安定化剤としてBHT(di-t-Butyl hydroxytoluene)などを含む)
数年前に開封した古いエーテル系溶媒があったら、即座に廃棄して安全を確保すべきです。

・禁水試薬(pyrophoric chemicals)
n-ブチルリチウム、t-ブチルリチウム、ジメチル亜鉛、水素化リチウムアルミニウム(LAH)、水素化ナトリウム(NaH)、水素化カリウム(KH)、リチウム、ナトリウム

禁水試薬で火が出た時にまずやってはいけない事は、水をかける事です。禁水試薬は水と過剰に反応して火が出るので、火に油を注ぐのと同じです。
分厚い布で火をおおう、缶をかぶせる、CO2ボムを投げるなどの消化手段が有効です。火が大きい時は逃げるしかありません。

UCLAで起きたt-BuLiによる研究者の死亡事故は非常に有名な話です。試薬を吸っている最中に針がシリンジから抜けてt-BuLiが噴出、火炎放射器と化して容易に人の命を奪いました。


・過酸(peroxides)
m-CPBA、過塩素酸ナトリウム、過酢酸、オゾニド、その他過ハロゲン化物、過エーテル化合物
熱や衝撃などで容易に爆発的にラジカルを発生して、発火・爆発します。通常は反応性を抑えるために水との混合物になっていることがほとんどです。過酸ではないですが、ジアゾメタンも衝撃には弱い化合物。
先の尖ったパスツールピペットや金属薬さじなどでこれらの化合物を扱うと爆発する危険性があります。

高濃度の過酸化水素や硝酸は皮膚に触れると皮膚にすぐに異常が現れます。過酸化水素は触れると皮膚が白くただれ、硝酸は​キサントプロテイン反応​により皮膚が茶色くなります。また、酸化銀や硝酸銀などの銀塩は、手に触れると触れた箇所が真っ黒になってしまいます。いずれも皮膚内部に異常が出るので、即座に取り除くことは不可能です。よく水で洗った後は、皮膚が再生するのを待ちましょう。


一酸化炭素や青酸化合物】
一酸化炭素(CO)や青酸(HCN)を放出するリスクがある試薬・反応条件には注意が必要です。ヘモグロビンと結びつき、酸素の取り込みを阻害し、窒息死に至ります。

・金属カルボニル化合物
KCN(青酸カリウム、シアン化カリウム)、TMSCN、CuCN

当然、COガスなど、シリンダーはより危険なので、取り扱いは十分な注意が必要。


【強酸・強塩基などの腐食性試薬】
・強酸
塩酸、硫酸、硝酸、王水、HI、HBr、HF(フッ化水素酸、弱酸だが強い腐食性)、塩素ガス

・強塩基
水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化セシウム

いずれも手につくとヌルヌルになってしまいます。痛いです。

他にも金属を腐食する試薬で盲点なのは、アミンの塩酸塩。ゆっくりですが、アミンが遊離して塩酸が金属を腐食します。


【冷却材・寒剤(cryogens)】
ドライアイス液体窒素有機化学をやっていれば誰でも使うものです。極低温のこれら冷却材は低温やけどを引き起こすだけでなく、窒息のリスクがあることを忘れてはいけません。大きなドライアイスコンテナを使っている研究室の場合、間違って首を突っ込んで深く息を吸い込んだら一瞬で二酸化炭素中毒になります。
また、液体窒素をエレベーターで運んでいる最中に地震がおきてエレベーターの中で液体窒素が流出、脱出不可能になり窒息なんてことが起き得ます。液体窒素と一緒にエレベーターには乗ってはいけません。頑張って階段で運ぶ or 液体窒素だけエレベーターに乗せて自分は階段で登るといった対策を取ることが推奨されます。


【その他、環境リスクの高い試薬】
有機スズ化合物、フロン系化合物(フルオロカーボン)、有機セレン化合物などなど


言い始めればきりがないテーマを書き始めてしまったためにかなり長くなりましたが、これでもほんの一部の試薬しか紹介していません。マニアックすぎる事例は他の機会に紹介しようと思います。