Samurai Journal of Chemistry

科学に関わる事を議論していく(コメントによる議論大歓迎)

【基礎】シリカゲルカラムクロマトグラフィー

精製シリーズの一つの大きなテーマ、今回は

 

シリカゲルカラムの基礎(+α豆知識)

 

と題して記事を書いていきます。

そもそも、有機合成化学で一番作業時間がかかるのは、反応ではなく精製(orデータ解析)ですね。
例えば、簡単に収率を求める方法として、標準物質を用いたNMR収率GC収率などがあり、これらの分析技術により研究の進行も随分速くなったと感じます。
しかし、最終的にはプロダクトを綺麗に取ってくることが非常に重要です。産業レベルまでいくと、カラムは極力避けて晶析や蒸留で精製するようにルートを設計しますが、研究室ではカラムは必須の技術です。

中圧自動カラムなども広く出回っているものの、これを使う際に事前知識があるのとないのとで効率が段違いです。自動カラムのマニュアル通りにやるより自分で設定した方がよりスピーディに、より正確に分けられることがほとんどです。

加えて、自動カラムがない研究室や、台数が少なくて間に合っていない場合なんかも、慣れればオープンカラムで同様の精度のカラムを実現可能です。

それではカラムをパッキングするところから分取するところまで、順に書いていきます。

すでに数多のシリカゲルカラムについての記事がありますが、
書かせてください、もっと細かいことを!
ということで、だいぶ長い記事になりますが、カラムを作るところから分離するところまで、カラムで重要なパートを結構細かく書いてみました。
特に若い学生さんたちの参考になると良いなと思います。それではどうぞ!

1. カラムのパッキング

パッキングとは、カラム管にシリカゲルを詰める操作のことです。
実は、カラムが成功するか失敗するかは、このカラムのパッキングの時点で決まっていると言っても過言ではありません。

まずシリカゲルの粒径に注目します。オープンカラムに用いるシリカゲルの粒径は40μm〜200μm程度のものになります。粒径が小さいものの方が分離能(理論段数)が高いです。通常は異なる粒径のシリカゲルの混合物は安く、粒径が均一かつ細かいものは高価です。使い分け方としては、
・より近接したスポットどうしを分離したい場合はできる限り小さい粒径のシリカゲルを用いる
・分離すべき不純物と目的物のRf値が非常に離れている場合、不均一で大きい粒径のシリカゲルを用いる

このようにシリカゲルを使い分ける理由は、決して金銭的なコスト面だけではありません。粒径の小さいシリカゲルを用いると流速が落ちます。したがって、溶出により長い時間をかけることになってしまいます。

シリカゲルの詰め方でも理論段数は大きく変わります。より密に詰まっているシリカゲルの方がより理論段数が高いカラムになります。下図では、シリカを充填してから振動させて密に詰めるまでの体積量の変化が見て取れます。一番右の最も密に詰まった状態がシリカゲルカラムとしての性能が最も高い状態です。
このカラムの作成方法は簡単で、カラム管にシリカゲルを移した後にカラム管を叩いて振動させるだけです。コルベンやゴム栓などで叩くと良いです。
個人的には、木の実験台の’かど’にカラムを弱くコココンとぶつけて振動させる方法が一番詰めやすいです。圧倒的です。気合を入れすぎてカラムを割らないようにだけ注意してください(笑
ただし、あまり高密度なカラムを高く積むと流速が劇的に落ちるので注意。

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左:シリカ重点直後、中:余分な溶媒を出した後、右:振動させて密に詰めた後

2. 展開溶媒の組み合わせ

十分な理論段数のカラムが準備できたら、あとは適切な溶媒を流すだけです。
混合しない溶媒どうしは組み合わせることはできません(参考:ジールサイエンス、HPLCの上手な使い方)。可能性は無限大ですが、個人的に順相で使ったことのある組み合わせは以下。

(良溶媒)/(貧溶媒)
・酢酸エチルのみで展開した時にRf値が0.1以下の場合
メタノール/酢酸エチル、アセトン/酢酸エチル、アセトニトリル/酢酸エチル
メタノール/クロロホルム
メタノール/ジクロロメタン

・酢酸エチル/ヘキサン系でRf値が0.5~0.2の範囲に入るが、分離が困難な場合
酢酸エチル/トルエン
エタノール/ヘキサン、イソプロパノール/ヘキサン
ジエチルエーテル/ヘキサン、TBME/ヘキサン
ジクロロメタン/ヘキサン

事前のTLC検討(団子状スポットをhPLCで分けたい!)

基質がアミンやカルボン酸の場合
高極性溶媒によるカラムが必須で、シリカゲル中の金属塩が流出してしまう場合、Iatrobeadsなどの高純度シリカを使うか、あらかじめシリカゲルをメタノールで洗浄、酢酸エチルで置換、ヘキサン(or 展開溶媒)で置換した後に目的物をチャージすれば塩のコンタミが避けられます。
もし目的物がカルボン酸やアミンなどの酸性および塩基性化合物だった場合、カラムをあらかじめ酢酸やトリエチルアミンなどで処理しておく必要があるかもしれません。酸には酸を、アミンにはアミンをということで、下記の試薬を展開溶媒に添加します。
・酸性化合物の精製時に添加する酸(0.1 ~ 2 vol%程度)
酢酸、トリフルオロ酢酸
塩基性化合物の精製時に添加する塩基(0.1 ~ 2 vol%程度)
トリエチルアミン、ジエチルアミン

(使用するシリカゲルは先に添加剤入りの展開溶媒でウェッティングするようにしましょう。)

3. Rf値による展開極性の決定

作り手によって同じ粒径のシリカ、同じ体積のカラムを作っても理論段数が異なる上に、その実質的な数値化方法はないので上記は完全に私の感覚となります。
展開溶媒のRf値は、カラムの分離能しだいですが、十分な分離能のカラムが作れている場合はRf = 0.3前後の展開溶媒がベストだと思います。
通常(良識の範囲内)の理論段数のオープンカラムを作った場合、だいたい3~5カラムボリュームくらい溶媒を流せば目的物が出始めます。

適量のシリカゲルを用いて、適切なRf値で流すことが大事です。
シリカゲルが多すぎる場合や展開極性が低すぎる場合、化合物の溶出が遅れブロードし、カラムに吸着されて収率が下がってしまいます。

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中圧カラムのチャート 後半のピークはブロードしている

 

4. 粗生成物をカラムに移す際のコツ

粗生成物(クルード)をカラムに乗せる際は、チャージバンドを薄くしたいので、注意したい点は以下の3点。
1. シリカ表面を凸凹にしない、荒らさない

→ シリカ面に濾紙、脱脂綿、砂(sand)または芒硝(Na2SO4)を乗せるとシリカ表面を荒らさずに済みます。

2. できる限り低極性の溶媒で移す

→ 一度基質を溶かす溶媒で溶解した後にヘキサンで薄めて、目的物の懸濁液状にしたものをカラムにチャージする。原点から化合物が動かず、綺麗にシリカゲルに乗ってくれます。

3. 粗生成物中の高極性溶媒(DMFや酢酸エチル)はできるだけ留去しておく

→ エバポ後に真空ポンプ、またはヘキサン共沸やトルエン共沸により高極性溶媒を飛ばす。ただしcrudeは色々な試薬が入っている可能性があり、目的物が壊れる可能性もあるので注意。加熱は非推奨。

筆者はよくジクロロメタンで粗生成物を溶解し、ヘキサンで懸濁したものをカラムに移します。カラムトップに非常に綺麗に目的物がチャージできます。化合物の溶解特性によってはジクロロメタンの代わりにトルエン、酢酸エチルなどで溶かすのもOK。

 

5. 結晶性の高い化合物のカラム

結晶性の高い化合物をカラムにより精製しなくてはいけない場合、まぶしカラム(ドライチャージ)が有効です。
粗生成物が溶媒に溶けている状態でフラスコにシリカゲルを投入し、エバポレーターで突沸に注意しながら濃縮します(回転速め)。乾燥した目的物入りのシリカゲルをカラムトップに移します。
乾燥シリカゲルに吸着されているにも関わらず結晶化してしまうほどの化合物は諦めて再結晶した方が良いかもしれません。

乾燥により結晶化するのであれば、高極性溶媒で溶解→シリカゲルを投入→貧溶媒で薄める→チャージといった方法も有効です。
シリカエバポで濃縮する際に粉末が吹き飛んでしまうリスクも回避できます。

 

6. ショートカラムのコツ

目的物と高極性の原点成分(および極度に低極性な成分)を分離するために、少量のシリカゲルで粗生成物を濾過する手法をショートカラム(ショートパッドカラム)と呼びます。基本シリカゲルでやります。
ショートカラムをする上で重要なこと
・普段用いるカラムよりも広い直径のカラムを用い、カラム高を低くする
・チャージしてから化合物を全く溶出しない貧溶媒で洗浄する
・目的物のRf値が約0.2程度の溶媒で溶出する

以上により効率的に目的物をより高い純度で取ってくることができます。

カラム径を大きくすることで、チャージバンドが薄くなり、短いカラムでも良い分離が得られる。
ただし、カラム径が大きすぎると、カラムの中心と外側では溶媒の流速が異なるため、不必要にカラム径を大きくするとかえって逆効果です。
ロートで行うカラムが知られていますが、広い表面積で高さの低いカラムを使うということで、原点成分をトラップするのに最も理に適ったカラム構造をしているということですね。

 

7. おまけ 目視による化合物の位置予測

目にUV detectorは付いていませんが、化合物が綺麗にチャージできていて、適切な溶媒で流した時は、無色の化合物も目視で確認できる場合があります。
これはおそらく化合物の屈折率の影響ですが、シリカゲル内の目的物が周りの溶媒のみのゾーンに比べて少し白く見えます。
また、カラムを始めた時に、化合物や酢酸エチルがシリカゲルに吸着する際に吸着熱が発生して気泡が発生してその部分が白く見えますが、上記の屈折率によるものではなく、化合物の位置とは必ずしも一致しません。

 


某有名ブログにもシリカゲルカラムのコラムが掲載されていますが、マイナーブログだからできる細かすぎる(主観的な)内容も盛りだくさんな記事になりました(笑
参考になれば幸いです。