Samurai Journal of Chemistry

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ガラス器具の洗い方

今回はガラス器具の洗い方特集!

反応系から化合物を取り除くのではなく、反応後や精製後にガラス器具に付着してしまった厄介な物質を取り除く方法をまとめてみます。

 

取り上げる付着物は以下

パラジウムブラック

・アクリル系ポリマー、オキサリルアルデヒドのポリマー

・チオフェノールなどのチオール系化合物

有機スズ化合物​



​① パラジウムブラック​​
鈴木・宮浦カップリングなどを代表に多くのパラジウム触媒を用いた反応がありますが、0価パラジウムを用いる反応につきものなのはパラジウムブラックの副生。パラジウムブラック生成のメカニズムは完全には明かされていないようですが、Pd(0)からできるそうです。見た目は真っ黒な固体で、有機溶媒、水には溶けません。その上、プラスチック器具に付着して数分すると、定着してしまい、なかなか取れなくなってしまいます。従って、パラジウムブラックが出る反応の精製は、基本的にプラスチック器具を使わない方が無難です。

【除去方法】
反応に用いたフラスコ、分液漏斗などのガラス器具:物理的にキムワイプなどを突っ込んでこする。思ったより有効です。→どうしても取れない場合は濃硝酸ほどの強酸・酸化剤を使わないとパラジウムは溶けません。

濾過に用いる漏斗:プラスチックのものは避け、「ガラス漏斗+綿栓」もしくは「ブフナーロート+濾紙」のような組み合わせが良いです。綿栓や濾紙はパラジウムが付着したものを捨てられるので便利です。

NMRサンプルチューブ:あまりこすることは推奨されないのですが、キムワイプを針金に巻きつけて中を軽くこすると取れます(やり方を最後に載せました)。他のガラス器具同様に濃硝酸で洗うと取れますが、細いチューブから水を抜くのが少し大変ですし、中身が濃硝酸なので注意してください。

パラジウムカーボン:少し話しは逸れますが、Pd/Cの除去方法もついでに記載します。通常セライト濾過でPd/Cを取り除きますが、セライトを正しく使わないとトラップ仕切れずにろ液に混ざってしまいます。
セライトは酢酸エチルなどで懸濁したのち、一度乾かし、上に脱脂綿を敷きます。続いて脱脂綿の上からサンプル瓶などで念入りに圧縮します。この圧縮したセライトはしなかったものと比べて密度が段違いで、パラジウムカーボン程度の粒径の粉は確実にトラップできます。
このセライトの使い方は、その他の用途においてもオススメです。ただし、詰りには注意してください。セライトが高密度になるため、流速は落ちてしまいます。対策としてはセライトの量を減らし、表面積の大きなブフナーロート等を用いることです。


​​② アクリル化合物、オキサリル化合物​​
未反応の上記化合物は空気中で放置するとポリマー化して固まってしまいます。筆者は余剰のアクロレインをシリンジの中に放置して1日ドラフトに置いておいたら綺麗なシリンジ型のアクリル樹脂が出来上がりました。シリンジのように捨てられればいいですが、フラスコ、蒸留装置などに付着してポリマー化した樹脂を取り除くのは至難の技。

【除去方法】
塩基性水溶液(濃NaOHなど)で洗浄する。アクリルやオキサリル化合物はカルボン酸(やエステル)を有するので、塩基で徐々に分解し溶解してくれます。
ただし、固まり始めてからできる限り早く塩基で処理してください。完全に固まった樹脂を溶かしてガラス器具を洗うにはおそらくより過酷な条件が必要になります。非常に危険なので諦めた方がいいかもしれません。


​③ チオフェノール、ジメチルスルフィドなどの硫黄系化合物​
臭いものシリーズ代表の硫黄系化合物です。二硫化炭素のように臭いが揮発性が高いような物質は、アセトンなどで洗浄した後に乾燥させれば容易に臭いが取れます。しかし、ジメチルスルフィドは意外と厄介。さらにチオフェノールは分子量も大きいため、臭いがなかなか取れないことがあります。

【除去方法】
ジメチルスルフィド有機溶媒ではなくで洗う。実はジメチルスルフィド有機溶媒でちびちび洗うよりも、水溶性があるため水で洗った方が臭いがすぐ取れます。

チオフェノール水酸化ナトリウム水溶液で洗い、S-Hを脱プロトン化、不揮発性の塩にしてしまう。もしくは、ハイター(NaClO、ハイポ)でジスルフィドを形成し、不揮発性にしてしまう。
いずれかの処理をしたのちに排水タンクに捨ててしまえば嫌な臭いの流出を防げます。

硫黄由来のタール状物質:亜硫酸水素ナトリウムまたはチオ硫酸ナトリウムで洗浄する。それでも取れなければ水酸化ナトリウム水溶液で洗浄する。基本的にS-S結合がたくさんできてしまって固まっている可能性が高いので、それを還元して可溶にします。また、有機化合物のこげは、キッチンの重曹洗浄と同じで、酸性化合物を塩基で処理することにより浮かせることが可能です。


​④ 有機スズ化合物​
アリルトリブチルスズや水素化トリブチルスズなどの有機スズ化合物は​環境ホルモン​とも呼ばれ、人体や自然に悪影響を及ぼします。濃度が薄ければゴボウのような臭いが特徴的で、濃いと苦々しい体に悪そうな臭いがします。ゴボウサラダを本気でアリルスズと疑ったことがあります(申し訳なかった

【除去方法】
目的物の精製:フッ化カリウムシリカゲルを体積比1:3で混合し、ヘキサンで懸濁したペーストを通常のシリカゲルカラムの上に5センチほどの高さ積んで精製する。ヒドロキシスズ化合物を形成してカラム中にスズ化合物をトラップしてくれます。未反応のトリブチルスズは低極性なので、ヘキサンでカラムを流すことですぐ出てきます。

シリンジやガラス器具の洗浄:アセトンで洗浄します。トリブチルスズは前述のように低極性化合物なので、メタノールのようなアルコール系洗浄溶媒は不向きです。

 

【おまけ】自作サンプルチューブ用ブラシ

NMR tube washerと検索して出てくるYouTubeの動画、一本洗うのにどんだけ仰々しい装置組むねんと言いたくなる。ドイツには自動洗浄機のもっと優れたものがあるらしいのですが、そんな高価なものでなくても通常の実験用のNMRチューブはもっと簡単に洗えます。

特に、パラジウムや銀を使った反応や副生成物の多い反応系のCrudeサンプルをとるとどんどん汚くなりますよね。

これ、意外とキムワイプでこすれば落ちることが多いんです。あまり激しくこすると傷つきますが、アセトンなどと一緒にこすればあまり力を込めなくても汚れが落ちてくれます。

キムワイプを突っ込む方法を以下に紹介します。

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①針金の先を折り返す

②折り返した部分をキムワイプで挟む(先端を2mmほど余らせるのがコツ)

③Twistして巻きつける

④アセトンを入れたサンプルチューブに突っ込む

⑤回したり出し入れしたりして洗う



いかがでしたか。これ以外にもまだまだ除去に手間がかかる物質はあると思います。ネタが溜まり次第このシリーズを更新しようと思います。​​​