Samurai Journal of Chemistry

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【スループット】多段階合成の収率向上

有機合成をやっていると、ターゲット化合物まで多段階合成を要し、思ったよりも目的物が取れないと言ったことは多々あります。最終目的物が有用で、合成する価値がすでにわかっている場合、いかに効率よく作るかが重要になってきます。

 

ということで今回は、

多段階合成の総収率をどのように上げるか

ということにフォーカスしていこうと思います。

 

 

1. 収率を上げるための思考回路

”多段階合成は、各段階が反応開発”

とまで言うと反応屋さんに怒られるかもしれませんが、各工程を最適化する上でやるべきことは素反応開発とあまり変わりません。

入念に逆合成解析をして合成に臨むわけですが、どんなに優れた逆合成解析をしても、それぞれの反応条件に関しては検討の必要があります。

特に、ワンポット内で複数の連続反応を行う場合、その順序や選択性、それぞれの反応機構など、様々なことを考慮して反応を設計し、膨大な反応条件を検討する必要があります。

 

考え方は様々だと思いますが、筆者が考える反応最適化の上で重要な思考プロセスを以下にリスト化します。

[1]. 反応機構を考察して、望みの経路と副生成物を与える経路を想定しておく

[2]. 反応の解析により、目的物や副生成物を漏らさず取ってくる

[3]. 収率に大きく影響するパラメーターから検討し、影響の低いパラメーターを微調整する

[4]. 高いスループットで検討回数を稼ぐ

 

以下詳細説明。

[1] 反応機構考察

有機化学をよく勉強して、よく考える。紙(iPad)の上で矢印を書いて、理論的に間違っていない反応経路を想定する。と言うことが大事です。また、類似反応をSciFinderなどのデータベースで調べ、どの程度の条件で反応が進行するのかと言う”あたり”をつけておくことが成功の鍵です。

考える上で、学部生に立ち返ったつもりで、矢印を省略せずに全て描きどの素工程が律速になっているのか・問題があるのかを考察するべきです。

 

例えばアルドール反応を検討していて、原料回収に終わってしまう場合、①エノラートの発生過程、②付加の過程のどちらかに問題があると言うことなので、D化実験でエノラートの生成を確認することや、モデル求電子剤とエノラートを反応させてみると言った対照実験が有効です。試薬が死んでいないかを確認すると言うことも重要ですね。本質的に選んだ塩基が悪い可能性も考慮して、候補をいくつか検討してみる必要もあります。

 

[2] 副生成物を見逃さない

最もシンプルな反応系の追跡手法がTLCです。TLCを見る時に注意すべきなのは、原点と最上部の化合物を見逃さないことです。目的物と極性が大きく離れた副生成物は見逃しがちですが、これを取って来れるかどうかで最適化効率は大きく変わります。

TLCで見失わないことも重要ですが、GC-MSLC-MSを活用すれば、より見逃しの確率を減らすことができます。例えば揮発性の分子はTLCやcrude NMRでも見つけにくかったりしますが、GC-MSであれば検出できるかもしれません。 

また、単離できたとして、NMRやマススペクトルから構造を決定する技術も必要です。こればかりはどれだけNMRチャートを見てきたかと言うことに依存するので、苦手な人はJ値の解析まで含め詳細にNMRチャートを読み込む練習をしましょう。

 

[3] 検討プロセス

反応によって、重要なパラメーターは様々ですので一概には言えません。

試薬(種類・等量)、溶媒(混合溶媒も含む)、温度、濃度、スケールなど、シンプルな反応でも多くのパラメーターがあるので、検討事項はたくさんあります。

 

ここでは個人的な思考プロセスを紹介します。

1. 何回ぐらいの検討が必要か大体でいいから予想しておく。

2. どの程度のスケールで実行可能な反応なのかを想定する。

3. 上記1,2から検討及びスケールアップに必要な原料の量を計算し、合成してくる。

4. 各種パラメーターを順に検討する。この際、一つの検討で動かすパラメーターは必ず1つにする。(スケールもパラメーターの一つなので注意!!)

5. 条件最適化ができたらスケールアップする。

 

と言った具合です。特に、何回ぐらい検討が必要そうかと言うことを予想する部分が最も効率を上げる上で重要だと考えています。原料が足りなくなったから再合成していますと言う研究報告を聞くことが多々ありますが、再合成にかける時間を如何に減らすかと言うことは効率に直結します。その原料合成が1,2工程ならいいですが、多段階の場合は尚更です。

ちなみに、以下に示すハイスループットスクリーニングでささっと最適化してスケールアップする場合、速い反応の場合、最短で1日〜2日でスケールアップまで終わります。

 

[4] スループットを上げる方法

小分けサンプルの準備と反応の仕込み

反応検討では、所持量を基準として、その100~1000分の1 程度の量で検討できればベストです。あまりサンプル量がない場合でも、何回くらいの検討が必要かを想定して、適切な回数分に小分けします。

定量の基質を正確に測り取り、メスフラスコで正確に希釈します。そして、ガスタイトシリンジで正確に1/10量ずつミクロチューブやバイアルなどの反応容器に小分けしていきます。8本を反応用にして、9本目は内部標準(internal standard)のキャリブレーションにします。10本目は正確に吸うことができないのでそのままリファレンス溶液にするか、大元のサンプルバイアルに戻してしまいます。これは10本分の例ですが、10 mLのサンプル溶液を100 µLずつ取れば98本の反応が仕込めます。サンプルのみでなく、試薬も溶液にしてしまえるならば、溶液をシリンジで入れていくのが効率いいです。禁水禁酸素条件が必要であれば全てグローブボックス内でやります。

この時、ピペットマンを使うこともできますが、粘性の低い溶媒を使う場合はあまりおすすめしません。なぜなら、キャピラリー現象でピペットマンの中に勝手に溶媒が吸い込まれてしまうので設定した量よりも多くなってしまうテクニカルな問題が発生するからです。水やDMSOと言った高粘土の溶媒は問題ありません。

 

2. 温度コントロールが必要な場合の反応のかけ方

昇温するのは非常に簡単で、温度センサー・消音機能付きのスターラーの上にヒーティングアルミブロックを置いてバイアルをセットするだけです。撹拌効率や温度の均一性を担保するために、円形に穴が配置された特注のヒーティングアルミブロックを使うと尚よしですが、市販の四角のブロックを使っても大丈夫です。ただ、市販品だと穴の大きさも決まっていて、自前のバイアルに合うものを探さないといけません。それならば特注してしまった方が楽だし、穴の数も多く開けられます(画像左)。

低温反応は少し難しいですが、低温恒温槽用のアルミブロックを持っている場合、それでスループットを稼ぐことができます。アルミブロックがない場合、冷媒に試験管立てをツッコみ、そこに試験管タイプの反応容器を刺して反応を仕込むことができます。適切なサイズの試験管立てがない場合、DAISOで売っている網目状の四角いカゴが大変便利です(画像右)。ダミー試験管を挿入することで数合わせも簡単です。

 

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 また、96-wellプレート上にGC(LC)バイアルを乗せ、その中で反応をかけてそのままクロマトを打つ方法も便利です。超ハイスループットスクリーニングをやっている研究室では、1日96(約100として)、2~3ヶ月で6000反応のスクリーニングを完了すると言う具合に、反応スクリーニングの効率が非常に高いです。Abigail Doyle先生のMachine Learningの研究は(実際このスピードかはわかりませんが)96-wellプレートで効率的に進めていると言っていました。

 

だいぶ長くなったので、次回にハイスループットスクリーニングの結果をどのように取ってくるかをまとめます。こちらにも少し書きましたが、internal standardやGC-MS, LC-MSなどで収率を出します。その他ハイスループット分析に役立つ手法もまとめようと思います。

 

2021/11/24更新→コメントありがとうございました。ハイスループットスクリーニングの結果をどのように取ってくるかについて記事にしましたので、ご覧ください。

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