【解析編】ハイスループットスクリーニングの結果をどのように取ってくるか?
今回は、以前書いた記事(【スループット】多段階合成の収率向上)の最後の部分で、次に書くよ!と言っておいて放置されていた、ハイスループットスクリーニングの結果をどのようにとってくるか?ということについて書いていきます!
NMRを活用する
いわゆる「定量NMR」や「qNMR」と呼ばれる手法です。有機系研究室ならば確実に利用できるNMRを使うことで、単離せずとも目的物の収率を見積もることができます。
まず、化合物が持っている原子が何かを確認します。基本的に定量によく使う核種は1Hか19Fです。
なぜかというと、1Hと19Fは同位体の天然存在比が高く、NMRの検出感度が最も良いからです。
内部標準(internal standard)を使う
定量性高く収率を出すためには、内部標準を使います。
①試料作成:
・原料と同程度のmol数の内部標準物質を重さを正確に秤り
・crude mixtureに入れ
・NMR測定用の重溶媒で溶解することで完全に均一にします
・不溶物は濾過し、溶液をNMRチューブに移します
※念の為、不溶物が目的物や重要なものではないことを確認してください。
また、反応を20個も一気にかけてしまってたくさんのNMRサンプルを作る必要がある!
といったケースでは、内標入り重溶媒溶液を先に調整してしまう方法もあります。例えば10 mLメスフラスコに基質の10等量の内標を入れておきます。そこから1 mL取れば1等量分の内標を入れることができます。こうすれば沢山サンプルを作る際には時短になります。
内部標準物質(内標)はa)サラサラで秤り易く、b)重溶媒に溶けやすいものが良いです。重さで量れた方が正確性が増すと思いますので、サラサラの固体を選びます。好んで使う内標を以下に挙げておきます。
1H、19F両方に言えますが、目的ピークと内標ピークはあまり離れ過ぎていない方がいいです。特に19Fは構造によって化学シフトが大きく変わるので、極力環境の近いものを選びましょう。
※ちなみに内標用といったグレードの試薬が売っていることがありますが、基本的にNMRのスケールでは全く関係ない話なので、普通の試薬を買えば良いです。
②NMR測定:サンプル濃度が十分に高い場合、Scan回数を1回にしてNMRを測定します。ここでいう高濃度とは、5~10 mg/700µLくらいです(NMRの感度によりその量は変わります)。Scan回数を1回にする理由は、不十分な緩和時間(reluxation delay, D1)で積算を積んでしまうと、ピークごとの積分値の比がずれてきてしまうからです。Scanを1にすれば、scan間の緩和時間を幾つにしていても関係ありません。
どうしてもscan回数を積まなければいけない場合、1HではD1を1秒~2秒にし、19Fでは2秒~30秒取る必要があります。19Fの場合、特に核の緩和現象に必要な時間が長いケースが多く、必要な時間もまちまちなので、量を積んで1回scanするのがおすすめです。
③解析:NMRを解析し、内部標準で入れた化合物の1Hが反応基質の1Hと同じになるように入れたのであれば、内部標準物質の1Hピークの積分値を100とします。他のピークも積分をとれば、収率を求めることができます。
実際に量りとった内標の量が基質に対して0.96等量になってしまった場合、積分値を100ではなく96とすると良いです。また、メシチレンのように3Hの芳香環ピークを持つような内標を使った場合、該当するピークを300にしてあげると、積分値がそのまま収率になります。
知っ得memoその1
モノフルオロアルキル基は–190から–230ppm程度に出るので、近くに出る良い内標が上の表にはありません。
2-フルオロ酢酸エチルエステルは–228 ppmに19Fピークが出るので、これを使ってみるのも手かも知れないですが、うちでは1,4-ジフルオロベンゼンで収率を出してしまっています。
知っ得memoその2
水溶性の内標には2,4,6-トリメチルベンゼンスルホン酸ナトリウム(sodium 2,4,6-trimethyl benzenesulfonate)を使います。D2OやDMSOに溶けるので、水溶性サンプルを扱う際には便利。
知っ得memoその3 ~19Fは酢エチ中でも取れる~
1H NMRは重溶媒で取りますが、
19Fの場合は重溶媒である必要性はありません。
NMRにサンプルをインジェクトしたら、lockをoffにして、オートチューニングを走らせ、レシーバーゲインを自動設定の後、測定を開始します。
Brukerであれば、コマンド順は以下
"ij→lock off→atma→rga; zg"
重溶媒を使う必要がないので経済的にもとても有益ですし、反応溶液の濃度が濃い場合、反応系をそのままNMRチューブに移して19F NMRで収率を出せます(ヤバない?w)。
19F NMRでの定量はスーパー効率的なので、あえてフッ素を含むカップリングパートナーとカップリングさせて反応スクリーニングを効率化するということもできます。例えば、4-フルオロブロモベンゼンや4-トリフルオロメチルブロモベンゼンなどは揮発性なので、カップリング反応後crude混合物を濃縮してしまえば原料は消えてなくなります(ビフェニルのバイプロも飛ぶ)。結果、カップリング生成物のみが19F NMRで検出されるので、内標で収率を出すことができます。
炭素サテライトピークによる微量成分の収率概算
こちらはハイスループットスクリーニングの時に使う方法ではないですが、ついでなので書いておきます。
1H NMRを取ると、背の高いピークの脇に13Cとのカップリングピーク(カーボンサテライトピーク)が見えます(詳細な説明は←リンク先のwikipedia参照)。
極小スケールサンプルは、反応を進める毎に取る毎回のNMRでサンプル量を概算できます。
このためには、NMRサンプル調整を正確にする必要があります。原料を共洗いしながら全てサンプルチューブに移し、サンプル高を完璧に4cmに揃えます。
まず原料のNMRを測定し、カーボンサテライトピークとの比(サテライトピーク:基質ピーク = 1:X)を出しておきます。反応をかけた後、crude、精製後のNMRサンプルを上記と同様の手法で調整し、カーボンサテライトピークとの比を取ることで収率を概算します。
収率 ≒ (反応後のサテライトピークとの比)/(反応前のサテライトピークとの比)
当然誤差が大きいので、論文に掲載することはできませんが、感覚としてどの程度化合物が減っているのかというのが分かります。
LCやGCの利用
こちらは少し高額な機器が必要なので、後半戦に書くことにしました。研究室で持っているのであれば、「無人で動かせる」「非常に早い」定量法になります。
検量線を引く
①LCやGCで目的のピークの保持時間を確する
確認方法は、LC/MSやGC/MSを使ってMS検出により決定しても良いですし、一度生成物を単離したことがあれば、標品として分析カラムに打ち込み保持時間を確認しても良いです。MSがなければできないわけではありません。
②反応スケールを決める
反応のスケールが検量線を引くときに使った濃度域を大幅に超えてしまっては意味がありません。まずは反応スクリーニングするスケールを決めて、そのmol数に対して80%, 50%, 20%の3点で検量線を引くと良いでしょう。
③標準サンプルの異なる濃度の溶液を作成し、それぞれLCやGCに打ち込む
上記の80%, 50%, 20%の3点をとりたい場合、標準サンプルの濃度でコントロールしましょう。インジェクト量でコントロールしても良いですが、場合によっては誤差が生じることがあります。また、最低3種類の濃度を、それぞれ3回ずつ分析しましょう。これにより検量線が引ければ、ピーク面積で化合物の絶対量を見積もることができます。
実際に反応系のサンプルをLCやGCに打つ
LCとGCどちらを使えば良いのか
・LC:少々時間がかかりますが、比較的広範なサンプルを分析できます。特に、カラムの種類も豊富で、通常は保持能が低い逆相カラムを使い、場合によってはHILICカラムを使うのも良いでしょう。これは、crudeや反応系を直接打ってもゴミをカラムに残さないためです。
・GC:短時間で分析可能ですが、低分子の分析に限られるのが難点です。
もっと高価な超臨界流体CO2を移動相に用いるSFCというのもありますが、省略します。
検出器はどれを選ぶ?
MS検出は一般的に定量性がないので、特殊なケースを除いて定量には使えません。
・UV-visまたはPDA検出器:マルチレンジの検出器の方が定量性が若干落ちると聞きますが、どこまで落ちるのかは不明。芳香環やπ共役系を持ち、強い光吸収帯を持つ分子が分析できます。
特に、254 nm以外にも高波長側に特徴的な吸収を持つ分子であれば、そちらの波長で検量線を引くことで他の分子の254 nm吸収に邪魔されずに収率を出すことができたりします。
アミド基やケトンは210 nmで検出できますが、他のあらゆるものも210 nmに吸収を保つため、ノイズに埋もれることもあることから210 nmでの定量はあまりおすすめできません。
・RI検出器:Reflective Index(屈折率)の検出器です。UV吸収がない化合物の検出に使います。検出感度があまり高くないので、あまり定量向きではないですが、濃度が高ければある程度分析できます。
・ELS検出器:ELSD (evaporative light-scattering detector, 蒸発光散乱検出器, こちらの記事参照)。RI同様、有機化合物なら検出する検出器です。大きな違いは感度で、RIの10倍以上の感度はあると言われています。化合物を見逃す可能性がほぼないです。ただし、RIはセルを通すだけで、ELSDは一部サンプリングして検出するので、分取の際には1%ほど失ってしまうそうです。
また、ELSDは高価で、RI検出器の2倍程度の価格はします(窒素発生装置か窒素ボンベも必要)。
・蛍光検出器:蛍光を発する蛍光団を分子内に入れておくことで、LC-蛍光ディテクターで内部標準を入れずとも収率を見積もることができます。これは、強い蛍光を持つ蛍光団であれば、構造に関係なく、濃度に依存して一定の蛍光を出すので、蛍光ピークの面積をそのまま収率とすることができるという手法です。
しかし、近傍に励起された電子を受容するπ分子が存在すると蛍光クエンチという現象が起き、蛍光が弱まるか消えてしまうことがあります。この場合は注意が必要です。蛍光クエンチをする官能基は蛍光団から離して置くか、入れないようにしないといけません。
以上、どうでしたでしょうか。参考になれば幸いです。