Samurai Journal of Chemistry

科学に関わる事を議論していく(コメントによる議論大歓迎)

Dead Reagents

今回は、ノウハウがある研究室にとっては全く役に立たない記事になるかもしれませんが、死んだ試薬瓶というテーマで記事を書いてみようと思います。

 

Table of Contents

1. 正しい試薬の保存の仕方

2. 死んだ試薬の見分け方

3. 死んだ試薬の処理の仕方

 

【緒言】

有機合成で利用する試薬には、自然発火性の過酸化物や、空気中の水と激しく反応する禁水試薬、酸素に対して不安定な有機金属試薬・ホスフィンリガンドなど、保存に気を使わなければいけない試薬がたくさんあります。

試薬の保存方法を間違えれば試薬が劣化し、その試薬を使用して反応が失敗すれば多段階合成において大きな損失になります。

 

ノウハウが蓄積されたラボであれば、正しい試薬の保管方法が徹底されているでしょうから、このような問題は起きにくいと思います。また、企業では古い試薬を持っておくことができない(試薬を持つことに対してお金がかかる)ので、古いものはすぐに捨てて新しいものを買って使う場合が多いですから、問題は起きにくいと思います。

 

1. 正しい試薬の保存の仕方

第一に冷蔵か冷凍か常温保存かを確認する。これは多くの場合試薬瓶に書いてあります。

第二にAir Sensitivity、Light Sensitivitiyを確認する。これも多くの場合試薬瓶に書いてあります。

書いていない場合でも、試薬会社のホームページなどに記載がある場合がありますので、必ず調べるべきです。また、e-EROSやpurification of laboratory chemicalsなどの試薬のhandlingが載っているデータベースを参照することや、SciFinderで化合物を検索して合成論文を参照するなど、様々な方法で物性が確認できます。

 

大前提として、試薬の正しい保存方法を以上のようにして把握することが大切です。

以下にバイアルの種類について記載します。

 

・スクリューキャップバイアル

スクリューキャップの内側にテフロンパッキンが付いているタイプのバイアルは、スクリューをしっかり閉めた時の密封度は非常に高いと考えられます。パラフィルムをすれば水の混入スピードを限りなく遅くすることができるため、必ずパラフィルムをして保存しましょう。

気体(塩酸やジエチルエーテルの蒸気)などは、ごくわずかに空いている隙間から流出し、蓋の周りをベトベトにしてしまいます。パラフィルムも溶けてしまうので、この場合はテフロンテープ(白いシールテープ)を巻き、その上からビニールテープなどで二重に巻くことで流出はある程度防げます。また、そもそも長期間の保存自体が適していない場合が多いので、開けたら出来るだけ早く使い切りましょう。

また、酸素流入も限りなく遅いと考えられますが、Air Sensitive (Oxygen Sensitive)な試薬はGlove Box内で保存することをお勧めします。Glove Box内に冷蔵庫がないが、Air Sensitiveな要冷蔵試薬を購入したい場合、Glove Box内で使用した後にしっかりとキャップをしてビニールテープとバキュームシールをした状態で冷蔵庫に保管します。

 

また、不揮発性の試薬の場合、試薬瓶の蓋を少し開けて傾け、デシケーターやグローブボックスのサイドボックスなどで減圧し、最後にアルゴンまたは窒素で開圧すると良いです。この操作直後に試薬瓶の蓋を速やかに締めれば厳密なアルゴン/窒素置換ができます。

例えば、NaBH4, NaH, LiAlH4, Grubbs catalystなどにこの操作は有効です。

 

・シュアーシール (sure seal)

水や酸素に対して不安定な試薬や脱水脱酸素グレードの溶媒は、テフロン製のシールがついた試薬瓶で売られていることがあります。風船をシールにさして加圧した状態で試薬をシリンジで吸って使用します。

また、使用後にはアルゴンまたは窒素ボンベを用いて試薬瓶内に不活性ガスを吹き込み加圧して、開けた穴をビニールテープで塞いで保存すると、空気の流入が防げます。(風船で加圧するのではなく、アルゴンや窒素のラインから直接加圧します。レギュレーターやコックを調整して流量を抑えめにしておくこと。)AldrichやAcrosの独自のシールは耐久性が高い上に、シールの上からさらにスクリューキャップをする構造になっているので、加圧直後にスクリュー栓をすれば加圧状態をある程度保つことができます。

このような試薬は大抵冷蔵試薬なので、加圧していない状態で冷蔵庫に入れると瓶内部の気体が減圧されて、外の水分や酸素を取り込んでしまいます。これは、先ほどの試薬瓶の加圧操作を行うことで回避できます。

また、シュアーシールの上にサイズが合うセプタムを逆さにして装着し、針金を巻いて固定することで、空気の流入速度を遅めることもできます。こうすると、加圧した瓶の圧力を高いままに保つことにも役立ちます。

 

厳密に使用したい場合、シリンジの内部も不活性ガスで置換することをお勧めします。フラスコにセプタムを装着し、シリンジと減圧ラインを接続してアルゴン/窒素置換します。シリンジを引いて不活性ガスを吸った状態でセプタムから抜き、押し出しながらシュアーシールに差し込みます。

 

・アンプル

水や酸素と触れる可能性が皆無な保存方法です。バーナーでアンプルを閉じるので、揮発性が高すぎる試薬以外はこの方法で保存可能です。

作り方

1. アンプル管を加熱しながら減圧乾燥し、2時間程度100 ˚Cで乾燥させたら、減圧下でアンプルを冷まします。アルゴンで開圧し、アンプルにハマるサイズのセプタムをかぶせておきます。

2. 試薬をカニュラーやシリンジでアンプルに移します。この時アルゴン風船やアルゴン置換したバブラーをセプタムにさしてアルゴン雰囲気を保ちます。

3. ガスバーナーで試薬の入ったアンプルの先端を炙って伸ばし、完全に閉じます。

4. アンプルに試薬名(構造)、作成年月日、作成者などを記載したラベルを貼ります。

 

保存方法

一般的には冷蔵保存した方がいい試薬が多いと思うので、冷蔵庫で保管します。

 

使用方法

1. アンプルの先端をアンプルカッターで傷つけて折ります。

2. 長い針で試薬を吸って使用します。この時すぐにパラフィルムやサイズの合うセプタムで仮蓋をしておきます。

3. ガスバーナーで先端を炙って閉じ、所定の保管場所に戻します。

 

体験談と具体例

アミノ酸は、室温でラセミ化する危険性があるので、冷暗所で保存します。室温で何年も保存してあったアミノ酸を見つけたことがありますが、eeは保証できません。#aminoacid #storage #handling

水素化ホウ素ナトリウムシアノ水素化ホウ素ナトリウムなどがアルゴン雰囲気下を保たずに雑に使用されていました。購入直後は比較的サラサラした白色固体ですが、大きな塊になり、ベトベトしていました。#NaBH4 #NaBH3CN #storage #handling

吸湿性の固体塩基や固体シリル化剤などKOt-Bu, NaH, TBSClなど)に関しても上記と同じことが言えます。空気中の水分を食って死んでいきます。

n-BuLiのヘキサン溶液は通常無色の液体です。水を食って一部死んでいると白濁するのですぐにわかります。ただし、関東化学sec-BuLi溶液は購入時から白濁しており、その状態でも1.0当量で反応が綺麗に進行したことがあるので、問題ないようです。t-BuLi in Hexaneは綺麗な無色溶液です。#BuLi #storage #handling

MOMClMEMClなどのアセタール系保護基用の試薬は、古く不活性ガス雰囲気が保たれていないものだと塩酸が発生しており、試薬瓶を開けた時にプシュッと音がします。これはもうダメになっているので使用しないようにしましょう。#MOMCl #MEMCl #storage #handling

DIPEAは無色透明の液体ですが、空気中のCO2と徐々に反応して黄色くなっていきます。また、もっとひどいと、白色の固体(炭酸塩? N-オキシド?)が浮いてきます。綺麗に蒸留したものをアンプル管で保存するのがベストです。#DIPEA #store #handling

TBAFは熱的安定性の低い試薬です。常温保存をしていると、フッ化物イオンがアンモニウム塩のβ-水素を引き抜いて脱離し、アミンとHFとブテンが生成します。また、非常に吸水性が高いため、厳密に水分を除きたい場合は、購入直後にTHF溶液の半分くらいの高さまで活性化したMS4Aを入れます。その後はスクリューキャップか二重にセプタムを被せて厳密にアルゴン雰囲気を保って使用します。使用時は完全に室温に戻ってから試薬を使うものですが、TBAFの場合、完全に温まりきる前に使用して速やかに冷蔵庫に戻した方が良いです。#TBAF #store #handling

塩化チオニル(SOCl2)はwater sensitiveで水やメタノールと爆発的に反応して塩酸を発生します。室温で長い間放置すると水を食って塩酸を発生してしまい、本来の活性を示さなくなります。冷蔵保存しましょう。#thionylchloride #store #handling

ヨードメタン(MeI)は光や酸素に対して敏感な試薬です。ヨウ素ラジカルが発生するのを抑えるために銅が安定化剤として添加されていることが多いです。冷暗所で保存しましょう。#iodomethane #store #handling

シラン還元剤([Si]-H)はかなりwater sensitiveです。過剰に入れていい反応の場合は良いですが、当量を制御する場合は信頼度の高い試薬を使う必要があります。ただし、揮発性のものが多いため、アンプル保存は禁止です。グローブボックス内保存かシュアーシールがついている試薬瓶を用いることをお勧めします。また、どうしてもグローブボックス外で使いたい場合は、グローブボックスの中で乾燥したミクロチューブなどに小分けしてパラフィルムを厳重に巻いて冷蔵庫で保管すると良いです。

シリル系保護用試薬([Si]-Cl, [Si]-OTf)も水に敏感です。これらは沸点が高くなるので液体であればアンプル保存ができます。TBSClは固体で若干の揮発性があるので最も厄介です。デシケーターでアルゴン置換しようとすると微量に揮発するのでポンプに吸われてしまいます。塩酸を発生するTBSClをポンプに吸わせてしまうと急速にポンプが劣化するので、必ずLiquid N2またはドライアイストラップを挟みましょう。

CbzCl(Z-Cl)

酸クロライドが不安定なのは当たり前という印象を持っている方が多いと思いますが、例えばベンゾイルクロライドやオクタノイルクロライドなど、特に疎水的な酸クロはSchotten-Baumann条件(CH2Cl2/NaOH aq二相系)などで使える意外と塩基水溶液に持つ酸クロです。しかし、CbzClは非常に不安定な酸クロで、しっかりアルゴン雰囲気下で使用し、極力すぐに冷蔵庫に戻さないとすぐ死にます。元気だと開封時にプシュプシュ言いますが、死んでくると開けた時に音がしなくなります。よほど大量に使う予定がない場合、25 mLや5 mLの小さい瓶で買う事をお勧めします

 

2. 死んだ試薬の見分け方

基本的に色・形状の変化に注意します。

元々の物性や形状を文献や試薬会社のwebページでチェックして、それと見比べます。

本来無色透明の液体のはずが黄色や茶色になっていたら非常にわかりやすく試薬が劣化しています。

また、BuLiの例でも書きましたが、透明なsolutionのはずが懸濁していたり、沈殿が大量に生じていたりすると怪しいです。

 

より正確に確かめる時は

1. 確実に進行することがわかっている反応を簡単な基質で試す。

2. 滴定を行なってアクティブな試薬の濃度・割合を決定する。

 

滴定に関して、東大金井研のHPにかなり詳しく実験方法が載っているので、これを参照すると良いと思います。(他にも膨大な実験テクニックがまとまっています。)

 

そもそも間違った保存方法で長年保管されていた試薬は活性が大きく落ちている可能性があるので、そのような試薬は注意しましょう。

 

 

3. 死んだ試薬の処理の仕方

酸や塩基の廃棄をする際には、溶解熱・中和熱に十分注意する必要があります。廃液タンクに無造作に放り込んで毒ガス(塩素など)が発生したという事例や、爆発的な発熱によりタンク内の廃液が吹き出したという事故はあらゆる所で発生しているようです。

冷却しながらゆっくりと、ドラフト内で中和するようにしましょう。また、ガスが出る場合は完全に放出しきってからタンクの蓋をするようにします。

 

禁水試薬の廃棄は、不活性ガス置換したフラスコ内に脱水されている希釈用溶媒またはクエンチ用溶媒を入れて、そこに低温下で禁水試薬を滴下していきます。

t-BuLiが最も危険で、必ず一度脱水ヘキサンまたはトルエンt-BuLiを滴下して希釈した後、–78 ˚Cに冷却し、2-プロパノールをゆっくり滴下していきます。少しの水もあってはいけません。

n-BuLiは–78 ˚Cに冷却した2-プロパノールにゆっくり滴下していきます。

水素を激しく発生するLAH (LiAlH4)は発火性なので、固体を取り出す際にも注意が必要です。湿度の高い環境では開けない方が良いです。脱水した酢酸エチルに少量ずつ加えていくことでクエンチします。

LDA, LiHMDS, NaHMDS, KHMDS, n-BuLi, DIBAL-H, Grignard Reagentsなども一度酢酸エチルでクエンチするのがかなり有効です。低温下でゆっくり加えていき、室温で撹拌した後に廃液タンクに移します。

強ルイス酸の四塩化チタン(TiCl4)や四塩化スズ(SnCl4)などは、試薬瓶を開けて不要な空き缶などの中に流し込んで煙が出なくなるまで放置します。この際ドラフト内の金属を腐食する可能性があるので、排気がドラフトの裏に回るように工夫します。最終的に残った固体をメタノールで洗浄して容器も廃棄します。

 

 

細かい実験例をたくさんのせたので非常に長くなりましたが、ページ内検索をして必要な情報にたどり着けると良いかなと思います。